印籠の位置
犬鳴山の境内、秋の風が杉の葉を揺らす広場に、30名の男たちが集められた。訓練も中盤、疲労と緊張が入り混じる空気の中で、若き太郎は突然、講師からリーダーに指名された。
「指令を出せるようにしろ。」
その言葉の意味が、太郎にはすぐには理解できなかった。何をどうすればいいのか。おろおろと視線を泳がせる彼に、講師の叱責が飛ぶ。怒られるほどに混乱し、足元がぐらつく。
だがそのとき、ふと脳裏に浮かんだのは、テレビで何度も見た水戸黄門の名場面だった。印籠を掲げるその瞬間、誰もがひれ伏す。なぜか?それは、印籠の「位置」が絶対だからだ。見せるべき場所に、見せるべき姿勢で立つからこそ、印籠は力を持つ。
太郎は一歩、広場の中央に踏み出した。全員の視線が届く場所。そこに立つことで、言葉に力が宿る。次の課題は「整列」。どこを基準に並ばせるか?それもまた、リーダーの立ち位置がすべてだった。自分が基準であるという覚悟がなければ、隊列は乱れる。
その日、太郎は初めて「立つ」ということの意味を知った。指令とは、言葉ではなく、姿勢と位置で示すもの。リーダーとは、最も見られる場所に立ち、最も見られる態度を取る者なのだ。
リーダーの言葉は、立つ位置によって重みが変わる。
混乱の中でも、自分が基準になる覚悟を持てば、秩序は生まれる。
指令とは、声だけでなく、姿勢と空間の使い方で伝えるもの。 「印籠の位置」を意識することで、人は自然とリーダーとしての振る舞いを身につける。